午後11時半をまわる頃、リビングのテーブルの上に置いてあった阿川の携帯が鳴った。
(エイブ?)
「もしもし」
「こちらU大学病院ですが、この携帯電話の持ち主をご存知でしょうか。若い白人の男性です」
電話の主はエイブではなく、知らない女の声だった。
「私の部下ですが…彼に何か」
阿川は嫌な予感がした。
(エイブの身に何かあったのか?)
「S駅近くの路上で強盗にあったようです。軽傷ですが頭を打ったようで意識がありません。携帯電話以外に身元がわかるものがないのでそちらに連絡を差し上げた次第です」
(何だって!?)
「すぐにそちらに向かいます」
阿川はあわててJ駅からタクシーを拾い、U大学病院の救急外来に向かうことにした。
支払いを済ませてタクシーを降りると、阿川は一寸足を止めた。
(前にこの病院を訪ねたのは15年前か…)
病棟は新しく建て替えられ、かつての面影はほとんどない。
(また来ることになるとはな)
しばらく苦い思い出を噛みしめた後、早足で救急病棟に向かった。
エイブが目を覚ましたのは翌日の未明だった。
「…ここは?」
見慣れない病室の光景にエイブは驚いた。S駅の近くのクラブの帰りに道に迷ったところまでは覚えているが、その後の記憶がない。
「気付いたか」
ベッドの横の椅子でうたた寝をしていた阿川が声をかける。
「S駅のそばで強盗にあって頭を打ったんだ」
阿川の説明でエイブはようやく状況を理解した。
「ごめんなさいトシ、また迷惑かけて」
「日本に来たばかりで、一人で病院にいるのは不安だろう」
阿川はエイブの肩を優しく撫でると、彼がいつになく優しい表情をしているようにエイブには見えた。
「2、3日で退院できると医者が言っていた。高校には私から連絡をしておくから心配ない。電車が動き始めたから私は帰る」
そう言って阿川は病室を去っていった。
「トシ…」
少しは自分を心配してくれたのだろうか、そう思うとエイブは少しだけ気が楽になった。
ベッドサイドの机の上には白い封筒が置いてあった。開けると何枚かお札が入っていた。
『困ったことがあったら連絡しなさい 阿川』
(そうだ、財布を取られたんだった)
中にはアメリカから持ってきたクレジットカードが入っていた。それに、日本の銀行のキャッシュカードを再発行するまではお金も下ろせない。
(やれやれ参ったな…)
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