貴重なオフの木曜日の夜だが、どこにも出かける気が起きない。
土曜にはサムの奥さんの友人と会うことになっていた。マークとは何もなかったことにして、もう一度普通の生活に戻ろうと決めた。
(もう一度会いたい…)
しかし、それは自分で諦めたことだった。
旅先での一時の気の迷いだ、そう言い聞かせて自分の気持ちを押さえ込もうとしていた。
遅い夕食をとってから、掃除でもしようと思って部屋を見回すと、開けていないハンガリーワインが目に入った。
(飲んでしまえば忘れられるだろうか)
琥珀色のワインの瓶を手に取った瞬間、ドアベルが鳴る音がした。
(誰だ、こんな時間に)
飲み友達が酔っ払ってやってきたのか、そう思ってドアを開ける。
目の前に現れたのは、忘れもしない長身の男だった。
「会いにきたぞ、クリス」
旅行用のスーツケースを抱えたマークが立っていた。
俺はしばらくぽかんと口を開けていた。目を疑ったが、どう見ても本物だ。
「入れてくれないのか」
スーツケースを部屋に上げるのを手伝いながらマークを見上げた。
「一体どうして…」
「恋人に会いに来るのに理由がいるのか」
マークはドアを後ろ手で閉めると俺の髪を撫で、唇を重ねた。
「んっ…」
彼に抱きしめられる腕の感触が、会えなかった時間の空白を徐々に埋めていった。
「こんなところで何してるんだ。仕事はどうしたんだ?」
「お前のいない生活は考えれない。日本の音楽大学に移ることにした」
「嘘だろ…」
それからマークは、日本の音楽大学でのティーチングポジションが内定したこと、2年契約だが延長も可能だということ、8月には日本に移る手続きが済むことなどを簡単に説明した。
「サンフランシスコで演奏会があったんだ。日本行きのチケットが安くなっているのを見つけてそのまま飛んできた」
自分の目の前で起きていることが信じられなかった。
「マーク、俺のメールは読んだのか」
連絡を取りたくないというメールを送って以来、マークとのコンタクトを絶っていた。それでもうマークとの関係は終ったと思っていた。
「ああ。思いつめている様子だったから心配してた」
目頭が熱くなって、自分の感情がコントロールできなかった。やっぱりマークのことが好きだ。こいつのことを忘れるなんて、きっとできないだろう。
「俺が見つからなかったらどうするつもりだったんだ」
「見つかるまで探すつもりだった」
マークは少年のようなきらきらした目で笑った。
「ばかやろう」
今までこらえていた涙が溢れてきた。どうしてこいつは、いつも俺のことを振り回すのか。どうしてここまでして追いかけてくるのか…
「うれしくないのか。もっと喜んでくれ」
泣きながらマークの胸を叩き、気持ちが落ち着くまで抱きついて離れられなかった。
「会いたかったマーク。お前のことが好きだ。どうしてくれるんだ」
「だから責任を取りに来ただろう。まだ不満か」
首に抱きついて俺はマークの唇を貪った。
マークが置きっぱなしのハンガリーワインに気付いた。
「再会の記念にワインをあけようか。栓抜きとグラスを持ってくる」
めったに使わないグラスを二つ戸棚から取り出すと、一つをマークに手渡す。
マークの指先は職業柄かいつもきれいに手入れされていた。栓を抜くと、ワインをゆっくりとグラスに注ぐ。
「乾杯」
琥珀色の液体が喉を潤す。出会った日にブダペストのオペラハウスで飲んだのと同じ味だった。
彼が会いに来るなんて、ただのお世辞だと信じてはいなかった。
(いつから俺はこいつに惹かれていたんだろうか)
男に惚れるなんて、そしてこんなに好きになってしまうなんて、自分の変化に俺はまだついていけなかった。
マークが空になったグラスをテーブルに置くと、俺を抱えてリビングのソファーに押し倒した。
「ん…っ」
口腔をまさぐられながら、器用な指が着ていたパジャマを脱がしていく。
「俺からのプレゼントはあれから使ってるか」
「いや、あの時だけだ。病みつきになりそうで怖い」
「結構じゃないか。わざわざ買って送った甲斐があったな」
「どこにあるんだ」
「今使うのか!?」
「いいじゃないか、出してきてくれ」
悪戯っぽくせがまれ、俺は仕方なく本棚の脇にあるピンクの箱を出した。
マークは後ろを指で弄り始めた。普通のセックスでは物足りない体になってしまったのか、快感を求めて後ろが蠢いていた。
「ん…っ…もっと…」
「私以外に触られたりしてないだろうな」
バイブを押し当てられると、機械的な刺激が徐々に俺を追いつめていく。マークは俺の手を封じ、わざと前には触らせてもらえなかった。
「そんな…俺は…っ」
「止めてもいいんだぞ」
中から引き抜かれると、物足りない感じがして何だか切ない。
「ああ…」
自分の言おうとしていることが信じられなかった。マークが欲しいなんて。
「…お前が、欲しい」
マークは満足そうにキスをすると、彼自身をゆっくりと俺の中に進入させてきた。
「く…っ…」
圧倒的な異物感に体に緊張が走った。
「リラックスするんだ」
息を吐いて何とか彼のものを受け入れようとする。
マークが腰を使って動き始めた。苦しかったが、彼との一体感がじわじわと俺を包み込んでいく。
「苦しいか?」
「大丈夫だ…」
マークは挿送を繰り返しながら、俺自身を指で刺激する。
「ああ…っ…」
徐々に彼の動きが激しくなり、息が荒くなってきた。
「マーク…っ…」
「大丈夫か?」
「ああ」
自分の目から涙がにじんでいるのは、苦しかったせいか、それともこみ上げてくる感情のせいかわからなかった。
もう前の自分には戻れない気がした。それでもマークの胸の温かさが俺を安心させた。
「マーク、好きだ…」
「初めて言ってくれたな」
へーゼルグリーンの瞳が微笑み、あやすように髪を撫でられる。
「これからはもっと一緒にいられる。8月から住む部屋はは大きなバスルームのある物件がいい。そうしたら一緒に入れる」
それからマークは一晩中愛を囁き続け、俺を翻弄した。
エピローグ
時は過ぎて8月下旬。
厳しい残暑の中、俺は新宿のバスターミナルに立っていた。
帰国した日本人や外国人観光客に紛れ、背の高い男がオレンジ色のバスから降りてきた。
「マーク!」
彼はいつもの柔らかい笑顔で手を振っていた。
「クリス」
大きな背中を俺は思い切りハグをした。
「待ってろ、今荷物を取ってくる」
大きなスーツケースを抱え、俺達はマークの新居に電車で向かった。結局彼は、大学と俺の部屋との中間地点に部屋を借りることにした。アメリカに帰国する前に一緒に探し回った結果、大きなバスルームのある部屋を見つけた。
「こういう時オルガニストは楽器を運ばなくていいから楽だ。大きい楽器を弾く連中は移動が大変だ」
すぐに生活できるように、マークがあらかじめ俺宛に送った荷物は部屋に運び込んでいた。
「今日は泊まっていってくれるか。バスルームの使い心地を試したい」
「マーク…」
三度目の再会は予想よりも穏やかだった。これからマークとうまくやっていけるのかという不安よりも、新しい生活への期待が俺の胸を支配していた。
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良かったです^^収まるところに収まりました☆
ところで。。。
おおお!
続編と番外編ですか?
楽しみですね^^
是非、お待ちしております^^v
ここまでされたら、クリスも抵抗できませんよねv
やっぱりハッピーエンドが良いです〜。
脇キャラのお話も楽しみにしてます^▽^
ありがとうございます。続きも頑張って書きますのでよろしくお願いしますm(. .)m
蛍さん>
脇キャラはマークの助手のアーサーです。あとは新しいキャラを登場させます。もうしばらくお待ちください。
再び後半を一気読みさせていただきました。
オルガンの演奏はまるで音が聞こえてくるようで、感動しながら読み耽ってしまいました(^-^)
一目惚れっていいですね。劇的に出会って劇的に再会して、最高です!!
また、続きを読みにお邪魔します。
追記:バイブでイッちゃったクリスくんが汚したのはデスクだけですんだのかが妙に気になってしまいました(^^; メールできたんだから無事なんですよね(^^;
読了ありがとうございます。ほとんど趣味の世界を暴走していましたが、書いていてワクワクしたのがこの作品です。
クリスのPCは何とかセーフだったということで(汗)オンラインセックスにはこんな危険もあるということでw
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