「腹が減っていないか。何か作ってあげよう」
阿川がキッチンにいる間、僕はリビングの隣の書斎のドアが開いているのに気付いた。窓から風が吹き込んで、カーテンが揺れている。
(閉めた方がいいだろうな)
床と本棚には教育関連の書物が山積みになっている。本棚の隣には阿川に面差しの似た男の子の写真が何枚かあった。
(きっとトシの息子だろうな)
土曜日に駅で見た若い男とよく似た風貌だった。一緒に写っている女性は離婚した奥さんだろう。
さらに古ぼけた一枚の写真が机に飾ってある。10年以上前の写真だろうか。手にとってよく見ると、今よりも若い阿川と一人の男が一緒に写っていた。
(誰だろう…)
「何をしているんだ」
エイブが振り向くと後ろに阿川が立っていた。
「ごめん、窓を閉めようと思って…」
阿川の視線がエイブの手元に向かう。
「触らないでくれ」
そう言ってエイブから写真を取り上げると机に戻した。
「その人誰?家族じゃなさそうだけど」
「昔の友人だ。10年以上前に死んでしまったがな」
「こんなに若いのに?」
知性的で目鼻立ちの整ったその男は、どう見ても20代後半だろう。
「病気だ」
阿川はそれ以上聞いてくれるなという顔をしていた。
エイブは背中を向けて部屋を出ようとする阿川に後ろから抱きついた。
「もっと教えてよ、トシのこと。あんたのことが知りたいんだ」
「私の昔話なんて退屈だろう」
本音を話さない阿川の態度がエイブにはもどかしかった。
「ひょっとして彼のこと…」
一瞬阿川が体を固くしたが、エイブのほうを振り返ることはなかった。
「そうだとしたら何だ」
「寂しそうなトシを見るのは嫌だ」
エイブは抱きついた腕に力を込めた。
「そんなに私のことが好きか?」
「好きだ。病院でずっとあんたのことばかり考えてた」
「こっちにおいで」
エイブをソファーに座らせると、阿川が寄り添うように隣に座った。
「まだ傷は痛むか」
「大丈夫。先生がもう普通に生活して大丈夫だって」
「そうか」
阿川は肩に手を回すと、ゆっくりとエイブを抱きしめた。
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